Q:稲妻はどうして稲の妻なのか?06年5月24日
今日の雷はすごかった。実は今日中国人の企業研修生に「いなずま(いなづま)」はどうして「稲妻」と書くのかと聞かれたのだがはっきり答えられず、あとで調べてみた。「大辞林 第二版」の説明によると〔「稲の夫(つま)」の意。古代、稲は稲妻をうけて結実すると信じられたことから〕とあった。なるほど、田の稲に雷が落ちると稲が実を結ぶという考えたわけか。つまり、稲は女で、雷の電光は男である。その男のエネルギーが注がれることで稲は結実すると考えたのかもしれない。要するに、稲妻によって稲は受粉し,受精すると考えたわけだ。なるほど面白い。
いわば天にいる神様が稲を受精させてくれるというふうに考えていたわけで、それだけ天(自然)を恐れ、敬う気持ちがあったということだろう。確かに、現代の農業でも日照不足とか、水不足とか自然(天)の状態がすぐ収穫にはね返ってくる。そういう意味で、あらゆる食べ物が天の恵みには違いないのだ。作物を神様の恵みだと考えた昔の人が食糧を大切にしたのも当然だといえる。そういう意味で、秋祭りなどは、まさに作物の収穫を神に感謝する大切な儀式であったわけである。(因みに、稲妻は歳時記では初秋の季語。初秋の雷光が秋の収穫を約束してくれるいうことかもしれない。)
また、上の説明で夫をつまと読んでいるのは、もともと「つま」という言葉自体が配偶者を表す言葉であったからだ。男女の別なくお互いに「つま」であるわけだ。「つま」という言葉は本来、「対になるものの一方だけ」とか「物の端」とか「片方」とか「先の部分」、「添えるもの」といった意味を表す言葉だと推測される。その証拠に「着物の褄(つま)」とか「刺身の妻」とかいう使い方もある。また、端という漢字も「つま」と読む。要するに、全体ではなく片方だけとか端っこというような意味なのである。外国人研修生が質問してくれたおかげで、その一言からいろんなことを学ぶことができた。ありがたいことだ。
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